東京から栃木へ

東京でのイベントを終えて中島彰吾投手と色川冬馬氏は2日目のトークショーの会場となった栃木県矢板市へと向かった。

中島投手にとって栃木県は初めての場所であり、移動中には興奮ぎみな様子をみせていた。

実際に訪れた矢板市を一言で表すならば「地元の方々の温かみを感じる場所」がぴったりなのではないか。

会場入り前に訪れた中華料理店では「しょうが焼き」を頼んだのだが、まさかのステーキが登場。

ほかにも店長のサービスもありと驚きと同時にありがたみを感じた。

今回の栃木会場となったのは矢板イースタンホテル。

情緒あふれる場所で落ち着いた雰囲気があった。

前日の東京では30名が参加。

2日目の栃木では50名と数が増えており地元の小中学生と親御さんが大半を占めていた。

「今よりも野球が上手くなりたい」「将来はプロ野球選手になりたい」と熱い想いをもつ伸び代しかない若者が集まっていたのだ。

開始時間は18時と遅めの時間にもかかわらず、
中島、色川両氏の話を聞くために参加者が集まった。そのおかげで会場では椅子の補充が必要になっていた。

NPBという舞台で

そして待ちに待った開演。参加者が期待するのは日本プロ野球、そして海外での話ということもあって中島投手の東京ヤクルトスワローズ時代の話からスタート。

育成選手から支配下登録され一軍まで駆け上がった経験から「なかなか結果としてすぐには表れないけどコツコツと続けていけば必ず結果が出る」と力強く話していた。

他の選手の調子が良かったり自身がケガをして焦る場面もあるが、どのような状況でも次に進むためには小さなことの継続がカギとなる。

そして次はオランダ球界の話題に。

普段、日本メディアでは報じないオランダ野球情報に参加者は興味津々で中島投手はリーグの仕組みや実際に経験した生活、現地で得たものについて話していた。

プレー面で事例を挙げるとしたらオランダ球界でプレーする打者は動く球や落ちる球に弱いことを知ると中島投手のスライダーを投げる割合を減らし、ツーシームやフォークを多く投げるなど自身で考えて海外に適応していったという。

こうして日本とは違った環境の中で得たのは「自分で考える力」だった。

考える機会

トークショーが進んでいく中で色川氏からは「視野を広げることが大事」という話があった。

まずは自分自身を知ることから始め、日本だけではなく世界に目を向けてみると自分自身に合う場所が見つかることを説いた。

中島投手はヤクルトを退団することになったが、台湾とオランダで必要とされ自分だけの道を切り開いた。

まさに色川氏の言葉を体現していることになる。

同時に中島投手はモチベーションの維持についての話をし「失敗を恐れる必要はない。やるしかないから前向きに考える。

この失敗をどのように活かすのか、何事も辛抱強く」と自らの経験から説得力がある力強いメッセージが送られた。

後半には中島投手のサイン色紙抽選会がスタート。

司会の提案で当選者にまるでドラフト会議で指名を受けた直後のインタビューをする一幕もあった。

中島投手は1人1人丁寧に握手をし、喜びを分かち合う姿が印象的だった。

そしてトークショー終了後には東京会場に続き2人と個別に話す機会を設けた。野球の技術の質問については中島投手が手取り足取り教えていた。

現役プロ野球選手との時間は参加者にとってまさに夢の時間だったに違いない。

無事に2日目のイベントを終え3日目の朝に最終目的地である宮城県仙台市へと向かった。

アジア野球ライター

豊川 遼 a.k.a. とよっち