遂に仙台へ

これまで東京・栃木と開催してきたトークショーも

最終日となる3日目を迎えた。

目的地は色川冬馬氏の地元、宮城県仙台市だ。

この2日間話し続けた中島彰吾投手は

さすがに疲れたのか移動中の大半は眠りについて体力を回復していた。

仙台での会場となったのはTKP仙台カンファレンスセンター。

仙台駅から徒歩圏内にあり、栄えている場所といえる。

会場到着が開場1時間前であったために急ピッチで準備が進められた。

14時からスタートとなった最後のトークショーには

地元の高校生や大学生
仙台市の行政を司る方など
様々な職業に就いている方々など計30名が参加していた。

これは色川氏の人徳のおかげといえるだろう。

尽きない二人の会話

最初は再び2人の出会いの話から始まるのだが、
中島投手がこれまで話していなかった海外行きを決意したときの気持ちを語った。

2017年オフ、NPB12球団トライアウト受験直後、
色川氏から呼び止められた中島投手は
海外行きを誘われるが即決はせずにしばらく考える時間を得る。

その中で
「NPBに戻るより新しい環境に飛び込んで挑戦したほうがいいのではないか」

という考えに至り、台湾行きを決意したという。

その気持ちが台湾とオランダで投げるという

誰も経験したことがないキャリアを積むきっかけとなった。

台湾を経てたどり着いたオランダでは

日本の「当たり前」がまったく通用しなかった。

言葉の壁が原因で買い物することも一苦労、
現地ではすべて自分の力で物事をこなす必要があった。

こうして海外で奮闘していく中で中島投手は日本との大きな違いを発見することになる。

「日本ではお金があれば何でも手に入るし、環境も整っているのに自分は幸せなのかなと自問自答することがある。

しかし、オランダではみんなが楽しそうで幸せに見える」とのこと。

それは野球のプレーにも表れているそうで

「得点すればヨッシャーと喜ぶし負けたらとここん悔しがる。純粋に野球を楽しんでいるように思える。これが国民性なのかな」

という証言は実際に現地で経験しないと分からない貴重な情報だ。

ほかにも日本との違いがある。

中島投手はオランダで子供たちを指導した経験があり、

子供たちははっきりと自分の思ったことを口にするという。

これは中島投手が出場した試合の時も同じで
監督やコーチに自分の想いを伝えても何も問題ないという。

日本では勝つために監督やコーチの言葉は絶対という雰囲気があるが、

オランダではあくまで選手が主役であり

最高のパフォーマンスをするために手助けするのが

首脳陣の役割であり両国間で考え方に違いがある。

こうして海外で適応するために試行錯誤した結果、
これまで日本では中継ぎだったが先発として長いイニングを投げることができるようになった。

夢はMLB、挑戦は終わらない

台湾とオランダでの経験を経て今冬からオーストラリアでプレーする中島投手。

既に新しい夢を持っており
MLBチームは入ることもし日本にいたらこのように考えることはなかった
と目を輝かせていた。

こうして海外で生活をすると
心配なのは経済面であり大きな問題になると思われるが、中島投手は

「自分のやりたいことができているので経済面は大きな問題ではない」

と力強く話した。

また、色川氏は「中島投手は天と地の両方を経験した。

これからも野球というツールを使ってメッセージを伝え続けてほしい

とエールを送った。

こうして3日間にかけて行われた本イベントは無事に終了。

中島投手と色川氏は
自身の経験を参加者に伝えながらそれぞれの道で挑戦し続ける決意を固めていた。

今回主催した
ベースボール・オンライン・アカデミー(以下BOA)では

「野球×教育×国際」
の3つのキーワードに広い視野を持って新しいことに挑戦するメンバーがおり機会もある。

トークショーも
「野球というツールを通じて新しいことを創造する」の理念のもと生まれたものだった。

*大学生からの質問に、耳を傾ける二人。

既に次なるイベント開催を計画中のBOAの活動からこれからも目が離せない。BOAの詳細については下記のURLまで。

https://b-onlinesalon.com/

アジア野球ライター

豊川 遼 a.k.a. とよっち