野球を通じて笑顔を届けたい

ネパールの学校をめぐり、子どもたちに野球を教えた色川さん

今回の渡航は、「ネパール野球ラリグラスの会」の小林洋平理事長から声をかけていただいたことがきっかけだった。小林理事長とは2年ほど前に私がイランで野球を指導している時に出会い、以後西アジア野球発展のため、情報交換を続け協力関係を築いてきた。西アジア地域の野球情勢は、パキスタンが圧倒的な実力で独走し、実力が拮抗するイランとインドが続く。そしてその下に位置し、野球の普及・強化が必要な国が、ネパール、イラク、アフガニスタンといった国々だと私は思っている。

今回は一週間という短い期間ではあったが、田舎町の学校から首都カトマンズの大きな学校まで回ってきた。限られた時間と環境、そして人数の中、野球というスポーツを知ってもらいたいという情熱を持った人々が集まった。野球を通じて、ネパールの人々に新たな楽しみや笑顔を届けたいという思いで活動を続けた。

復興途上でガソリンが止まった国

ガソリンスタンドの前に、空っぽのバスの列が続いていた

2月2日、現地の空港へ到着した。ホテルまでの道中、路上に誰も乗っていないバスの列が続いていた。現地の人の話によると、インドとの国境が封鎖されガソリンの供給が止まったため、給油を待つバスがガソリンスタンドの前に置き去りにされ、徐々に増えていったそうだ(2月6日、135日ぶりに国境は開かれた)。

 震災の影響と国境封鎖は関係ないそうだが、復興に向かうネパールにおいてガソリンの供給が止まることが、どれだけ生活を圧迫するかは容易に想像できる。さらに、もともとガソリン代の高いネパールだが、一時は1リットル400円まで高騰していたそうだ。ネパール野球ラリグラスの会が昨年12月予定していた「震災復興支援野球大会」も、ガソリン代の高騰で各地の子どもたちを野球場に集めることが困難になり、今年4月への延期が決まっている。

幸せいっぱいの表情でボールを追う子どもたち

子どもたちに「野球」というスポーツを教えた色川さん

初日、バクタプルという田舎町へ足を運んだ。2歳から15歳までの子ども達が9時頃から朝礼を始めた。日本では、想像もできないほどの小さな学校と教室で、280人の子どもが学んでいる。体育の授業はなく、遊具は一つ、校庭というより空き地があり、そこで、子ども達は遊んでいた。私たちは、地域の広場へ場所を移し、子ども達へ野球というスポーツを紹介し、みんなでカラーボールを追いかけた。ボールを追う子ども達の幸せいっぱいの表情から、私の心配は吹き飛び、逆に元気をもらった。

初めての「野球」に目を輝かせる子どもたち

裕福な地域を除いて体育の授業がないネパールでは、こうしたスポーツを学べる機会が貴重で、大変感謝していると先生は話してくれた。生活様式、時間、どれをとっても日本とは全く違う教育だったが、その国々の姿に適応していくスポーツの姿・役割をみて、改めてスポーツの可能性を感じた。私にとっても、前回、前々回のイラン、パキスタンのように、勝たなければならないという結果を求められた渡航ではなかったので、ありのままの姿で現地に溶け込めたのではないかと思う。ネパール野球ラリグラスの会が掲げる「野球から広がる笑顔の輪」が、確かにネパールにはあった。

Respectfully,

TOMA