イラン代表監督からパキスタン代表監督に

パキスタン代表監督に就任した色川冬馬監督(右)

私は常にドキドキ・ワクワクする挑戦を求めている。それが大好きな野球を通しての挑戦であれば、より最高だ。私にとって、パキスタン代表監督という旅は、そんな新たな挑戦の始まりの一つだった。

パキスタン代表との出会いは、今年の2月。イラン代表監督として挑んだ西アジア選手権だった。彼らを初めて見た時から、ボールへの執着心、捕球からのスピード、そして何よりもアグレッシブな動きにワクワクしてしまっていた。結局、大会はパキスタンが優勝、そして私が率いたイランが2位という結果。その後、パキスタン野球連盟会長から「私達の次なる目標は中国。今の私たちに必要なのは、お前のコーチングだ」との誘いの言葉に心を打たれ、パキスタン代表選手の野球に取り組む姿勢に可能性を感じ、代表監督へ就任することになった。

彼らの凄さは、速い球を投げる、速く走る、そして遠くに飛ばすという、どんなに優れた指導者でも与えることの出来ない能力を持ち合わせている事である。私の仕事は、その能力がコンシスタントに発揮できるメンタリティと技術習得へ導くことである。そう理解しているつもりでも、私がいつも苦しむのは自分自身の「固定観念」。言語、文化、宗教が違うからこそ、お互いを尊重し合える環境を、積極的なコミュニケーションの上で整えていこうと、考えていた。

野球の扱いのひどさに屈辱

野球代表には会議室を貸してもらえず、青空の下でミーティング

そして8月、アジア最高峰の大会「アジア選手権」に向けた代表合宿に合流した。しかしながら、パキスタンに来てからの生活は、大好きな野球とともに生きてきた私にとって、屈辱的な日々だった。野球の認知度が低いが故、パキスタン国内での野球の扱いはひどかった。ミーティングをしたくても、スポーツ協会管轄のミーティングルームが空いていようとも、野球代表には貸してもらえない。結局、私はしびれを切らし、予定より6日遅れで、外にホワイトボードを持ち出しミーティングを行った。この国には、球場もなければ選ぶほどの野球道具もない。それだけでなく、食事が時間通りに来なかったり、予期せぬ水まきが急に始まったりと、マネジメント(野球以外)の部分でも、野球をする環境にたどり着くのが大変なのである。それでも、目標を成し遂げたい彼らの想いとアイディアが逆境を打ち破っていく。改めて、日々教えているようで学んでいる事を実感している。

パキスタン代表の「侍魂」を感じる毎日

野球道具が少なく、サイズの合わないグローブを使う選手も

そんな彼らを見ていると、国内でも国外でも、彼らの野球に向き合う姿勢はもっと評価されるべきだと私は心の底から思う。確かに、駆け出し10年、彼らは国際野球界へ迷惑をかけ、失敗を繰り返してきた事は私も耳にしていた。そこから次の10年、彼らは諦める事なく、度々反省を繰り返し、国際大会・社会に適応できるチーム作りをしてきた。世間から冷たい目で見られても、サイズの合わないグローブでも、信じたものを夢中で追いかける彼らの姿は、私を再び心の底から突き動かさせてくれた。私は、自分の目で見て感じたものを信じ、伝えたい。私が彼らに出来る恩返しは、何としてでも目標である中国を倒すことで、世界にパキスタン野球のメッセージを届けることである。

自分で選択した人生に責任を持ち、客観的に見れば夢も希望もない環境でも、自分の選んだ道を全うしようとする姿は「侍魂」を感じる。私は日本で、これからの子ども達が「自ら生き抜く(選択する)力」が必要だと感じ、野球を通した教育プログラムを行っている。今、私が目の前にしている現実を、一人でも多くの人に伝えたい。だからこそ、私は指導者として、勝ちにこだわる。

Respectfully,

TOMA