突然の解雇通告

突然の解雇通告後、お世話になった仲間に挨拶しようとグラウンドへ向かった

2012年6月の終わり、練習前にグラウンドのゴミ拾いをすることが日課になっていた私にクラビーが歩み寄ってきて、監督室に呼ばれた。監督は、私の契約書を片手に、眼鏡の上から私を覗き込み、力強い目で、解雇を言い渡した。

監督はこれまでのこと、現状、そしてこれからのことを語り、最後に私のサインの入った契約書を見つめながら「冬馬、よくやったよ。お前はまだ若い。お前はいいもの持ってるから、とにかく野球を続けろ。来年、楽しみにしてるよ」と言った。

実力がおよばず、悔しかった。チームメイトと別れる寂しさはあったが、不思議と私の気持ちは前を向いていた。練習が始まってしまうため、気持ちの整理をする時間はなかったのが、すぐに荷物をまとめ、チームメイト、クラビー、トレーナー、そしてグラウンドに挨拶へ向かった。とにかくお世話になった仲間に、ありがとうと言いたかった。

チームメイトからの温かい好意

今後の予定が全くない私に、数人のチームメイトが、住む場所を無償で提供してくれると言った。知り合いがいるからと、他チームの監督に話してくれるという選手もいた。どこまで本当かは分からないが、彼らの温かい心がとても嬉しかった。短い間だったが、ともに過ごした時間は非常に濃いものだった、と実感した。

数時間後、同じ日に解雇になった選手の車に乗り、テキサス州サンアントニオという街にたどり着いた。チームメイトの紹介で、温かい食事と、寝る場所を提供していただいたのだ。今思えば、見ず知らずの私に、なぜここまで温かいご好意をくれたのだろうか。

野球関係者に連絡し、チャンスを探る毎日

米テキサス州リオグランデバレーにある「ホワイトウィングス」の拠点を後にした

私は、その後も野球仲間の家に身を置かせてもらい、その場所から情報収集を続けた。練習、トレーニングを続け、次のチームを見つけるために前を向いていた。毎日知っている監督や野球関係者に電話し、チャンスを探っていた。
もう、歩みを止めることはできなかった。

野球をしに来たはずが、スタート地点にすら立てない日々にもどかしさを感じながらも、住む場所を提供してくれ、練習に付き合ってくれる仲間に感謝の気持ちで一杯だった。そして、次のチームが決まるまでという好条件のもと、試合経験を積む為に、若い選手が集うサマーリーグに参加させてもらうことも決まった。知らない街で、一人の外国人のために動いてくれた地元の人々の協力に感謝し、いつか恩返しが出来ればと前を向いて再出発した。

Respectfully,

TOMA