無謀な挑戦に賛否両論

2009年1月、19歳になった私は人生で初めてアメリカの地を踏んだ。何か特異な能力に長けている訳でもなかったが、「メジャーリーガーになる!」と意気込み、新たな冒険とチャンスにドキドキしていた。

19歳で初めてアメリカの土を踏んだ

スカウトから声をかけられたことはない。英語は話せない、勉強も中途半端。そんな自分が嫌で、何かを変えたくて、根拠のない自信とともに渡米した。「プロ野球選手になる」という小さい頃からの夢を、誰も進んだことのない道でつかんだら「かっこいい」と思っていた。当時大学生だった私は、所属していた野球部を半年もしない間に退部し、アメリカに行くためにアルバイトと、トレーニングに没頭する日々を過ごしていた。

そんな私の無謀な挑戦に、同級生も大人も賛否両論だった。鼻で笑い、冷たい言葉であしらう人、一生懸命に耳を傾けてくれる人。しかし、どれもすべてが私の挑戦への意欲をかきたてた。未知の世界への挑戦に、私はただ夢中になっていた。

私の高校の野球部は「野球には無限の可能性がある」という言葉を掲げ、「球史創造」とうたい、高校野球の歴史を創ろうとスタートした新設の野球部だった。高校野球界では珍しく、球場を持たず、坊主にせず、そして、時に背番号決めは公式戦までの打率順で決めるなど、常識にとらわれない挑戦をいくつもしてきた。強豪私立が野球の本場アメリカに遠征へ行く中、私たちはタイへ遠征していた。結果、甲子園という夢の舞台へ届く事はなかったが、そんな稀有な経験が「アメリカ挑戦」という、人生の旅をスタートさせたのかもしれない。

「エクスキューズミー!」で道が開いた

独立リーグのトライアウト挑戦のため到着した、初めてのロサンゼルス国際空港。ものすごい数の人が行き交う空港で、大きな荷物を抱えた私は足を踏みだせずにいた。憧れのアメリカに到着した感動、アメリカ人の身体の大きさに圧倒され、そもそも英語を知らない私は言葉が出ない。身動きを取れず、焦る私に道をひらいてくれたのは、身体の大きなおばさんだった。

彼女は、大きな身体に、大きな荷物を抱えながら「Excuse me」と、人ごみをかき分けて前へ進んでいく。彼女の姿を見て、私は答えを見出した。「Excuse me!」。知っている言葉ではあったが、使ったことがなかった。「Excuse me!」と言うと、目の前に道が開く。私は魔法の言葉を発見した気持ちになった。

起きたままの姿で球場へ

2009年、アメリカに初渡航した当時の色川冬馬さん(左)

「エクスキューズミー」とともに始まったアメリカ挑戦。夢と希望に満ちあふれる私とは対照的に、現実は甘くなかった。初日の朝、出発時間の分からない私が朝起きたままの姿でホテルのロビーへ行くと、数人の選手が球場へ行く準備をしていた。私は時間を聞くつもりで声をかけたが、うまく伝わらず、車に乗せられて何も持たずに球場へ行ってしまった。

この後、野球道具を取りにホテルに戻るのに本当に苦労した。こういった小さな苦労を挙げればきりがないが、言葉が通じないということは、「何でもできるようになった気」がしていた弱冠19歳の私の鼻を折った。大学生になり「調子をコク」若者へ「世の中、甘くないぞ」という洗礼だったのかもしれない。

Respectfully,

TOMA