この水を飲めばお腹を壊す、しかし…

選手達の生活環境は、国を代表するアスリートとしては、あまりにも過酷だった。20人の大人が2つのロッカールームに分かれ、地べたにマットレスを敷き雑魚寝をし、時に地べたで食事をすることもある。また、エアコンはあるが、外が暑い反動で部屋は常にギンギンに冷やされている。誰かが、風邪をひくと、風邪は拡大する。練習で疲れた身体に、風邪をひいている選手がいれば尚更である。

何よりも一番の大きな問題は練習中である。40度の世界で水しかない。コップは使い回し、足りなければジャグの蓋で水を飲む。水がなく、練習が中断したこともあった。時に薄茶色の水を、自分でペットボトルに持ってきて飲んでいる選手さえいた。私は、練習を継続させるために、なんの根拠もない「大丈夫だろう」でそのまま水を飲ませる自分が怖かった。限られた時間で効率のいいチーム練習をしなければ、合宿は前へ進めない。しかし、この水を飲み続ければお腹を壊す。当然のように、練習では常に誰かが体調不良で欠け、一歩進んで二歩戻る毎日だった。
ホンダバイクのライバルは「ロバ」

貧富の差が激しくイスラム国家であるパキスタンでは、富裕層の生活が見えにくい一方で、貧困層の生活はさらけ出されている。私が滞在するラホールでは、バイク、ロバ、三輪タクシーなど様々な乗り物があらゆる方向に走っている。逆走、横切り、何でもありなのだ。またパキスタン人にとって、ロバは重要な存在であり、ホンダバイクのライバルがロバだというのだから驚きだ。時間にあまり急ぐことのないパキスタン人にとって、ロバでも十分ということだ。また、ロバは10人まで乗せることが可能で、大家族の多いパキスタン人の生活を助けてくれる存在なのだ。
「路上でクリケットを楽しむパキスタン人」ではいけないのか

私は現状を知り、自身の正義感と代表監督という使命感の間で葛藤していた。本来、ここまで過酷な環境であれば「競技スポーツ」という人間の身体の限界へ挑戦し、勝利の保証のない戦いを続ける必要はないとさえ思った。スポーツを「余暇」として楽しみ、路上でクリケットをする楽しそうなパキスタン人こそがあるべき姿ではないか。この活動は、もしかしたら会長はじめ「野球界の新しい歴史」という言葉に燃える私たちのエゴなのではないかとも思った。
しかし、今の私にできることは、いかなる環境も乗り越え、それをチャンスに変え、国際大会で結果を残すことだ。こんな環境だからこそ、私は国際大会で勝利することが絶対に必要だと改めて思った。勝つことで、世の中の注目を集め、現状が改善されていく。きっと競技スポーツにはそんな力がある。誰かが挑戦をしなければ道は拓かれない、この気持ちがパキスタン野球の原点なのかもしれない。答えのない葛藤と向き合う日々に、時に疲れを感じる時もあるが、選手の一生懸命うまくなろうとする姿勢と、この国の空気が私を突き動かしている。
Respectfully,
TOMA