試合終了は夜11時過ぎ

初めてアメリカで迎えた夏のシーズン。慣れない環境に適応し始めたころに、疲労は襲ってくる。試合終了が午後11時を過ぎるなど、遅い時間の試合が増えると、球団で準備された食事券さえ使うのも面倒になり、球場の出店の売れ残りのハンバーガーやピザが出るクラブハウスで食事を済ませるようになった。そんな中でも、徐々に試合へ臨むリズムを掴み、自分の時間を使えるようになってきていた。

「TOMA」というボードを掲げて応援に来てくれる観客も

朝は、掃除や洗濯のお世話をしてくれる「クラビー」と同じくらいの時間にクラブハウスに入り、グローブやスパイクを無心で磨く。各選手がクラブハウスに到着するころにはグラウンドへ出て、小石やゴミを拾う。チーム練習を終えると、私と数人の選手は試合前にシャワーを浴びながらその日の目標を語らい、その後試合に臨む−−そんな行動が、日課になっていた。また、試合では、入場の際に球場のどの入り口でも一礼する日本人の姿が話題となり、「TOMA」というボードを掲げ、試合の応援に来て下さる方々もいた。

汗だくの男同士が衝突!?

そのころ、私はショートを守るA.P(ニックネーム)と二遊間コンビを組むことが多く、彼と行動を共にすることが多くなっていた。ある日の練習、日焼けがしたい私とA.Pは、上半身裸で自主練習をしていた。太陽の日差しが眩しく光る球場で、コーチが打ち上げる高いフライを何個捕球できるか競い合っていたのだ。

その最後の一球をかけたフライが、セカンドベース後方へ上がった。どちらも球をキャッチしようと譲らず、汗だくの上半身裸の男が接触!…と思いきや、心優しいA.Pが衝突を避け、ハグをするかたちになった。チーム練習直前であったため、監督含め全選手がその光景を見ており、大爆笑を巻き起こしていた。

「裁判」というユニークなチームマネジメント

2010年、米カリフォルニア州のチーム「ゴールドソックス」の選手として活躍した色川さん

それから数日後、
クラブハウスに投票箱のような物が置かれていた。私は何のためなのか、説明を聞いても理解できていなかったが、ある日になって「ゴールドソックス裁判」というものが開かれた。司会進行はトレーナー、裁判長は監督、罰を下す係はコーチだった。そして、その投票箱から出てくるさまざまなストーリーをトレーナーが読み上げる。その話に関わる選手は前へ出て、監督から「有罪・無罪」の判決を受けるという、ゴールドソックス伝統のイベントだった。

「有罪、無罪」とは言っても、チームやファンのために貢献した選手のストーリーを紹介するものもあり、選手たちはそこで表彰され、チーム内で賞賛を受ける仕組みになっていた。選手たちは投票用紙に、これまでのできごとを面白おかしく書いたり、感謝の気持ちを書き留めたりして、投票箱に入れていたのだ。

日ごろはチームメイトでありながら競い合うライバル同士であり、なかなか感謝の想いや仲間の行動を賞賛する機会がないチームの環境。そんな中、主催者の監督自身が楽しみながら仕掛けたこのイベントは、実にアメリカらしいチームマネジメントの方法だった。そしてこの裁判のまさかのオチは、爆笑をさらった私とA.Pのハグ事件だった。

試合後にロッカールームで食べたおにぎり

ファンも付き、アメリカで野球する毎日が楽しくて仕方がなかった

この街に来た最初の一週間とは反対に、毎日がポジティブで、楽しくて仕方がなくなっていた。ある日の試合後、片言の日本語を話すおばあさんに出会った。「とーまさん。お疲れさま。おにぎりだよ。へたな日本語ね。がんばって」というと、私の記事が掲載された新聞の切り抜きと、自前の「スパムおにぎり」をプレゼントしてくれた。おばあさんは毎週試合に駆けつけてくれ、夜10時を過ぎる試合でも、必ず試合後にお菓子や日本食を届けてくれた。試合後にロッカールームで食べる冷えたおにぎりは、いつも私に新たな挑戦への勇気と活力を与えてくれた。オフの日には、私の大好きなメキシコ料理店やプルコギのおいしい韓国料理店へもよく連れて行ってもらった。

スポーツとエンターテイメントが融合したアメリカ野球は、一時は全く結果が残せず帰りたいと思っていた私を、再び野球の世界へと引き込んでいった。

Respectfully,

TOMA